今を生きる魂への物語
玻璃真人新記 真言の…
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オンライン化しました。宝探しinネット小説
2011年7月5日 (火)

以前から考えたことはありました。
本を出す時にも、もう一つの選択肢として、PC、携帯でのオンライン小説というのもありました…。
でも、その時点での新美 宇受女は、出版物という形のあるものにしたくて、いわゆる紙の書籍を作りました。

その本は今も、ご縁をいただいた方々に手渡しさせていただいています。書籍という形にしたからできたことです。でも、第一部を出してからどれだけの人に『玻璃真人の世界』を伝えらられただろうかと思うと、ノンキな私も次の策を考えねばと…。

そこで出来ることの一つとして、オンライン小説に第一部の投稿を始めました。分刻みで新しい作品がどんどん投稿されていくので、どこかの誰かが玻璃真人の作品にリンクすることは、大げさに言えば奇跡に近いかもしれません。でもその一人が何かを感じてくれるなら、それは本当の奇跡。

正直なところ、三年前の私は、オンラインに投稿しても、読まれなかったら、評価してもらえなかったら…というつまらないプライドがあったんでしょうね。これって成長したのでしょうか。いや、単に図太くなっただけ?(笑)

投稿数十五万の作品に埋もれている『玻璃真人の水晶』。どんな人が探し出してくださるのでしょうか…。すでに読んでいただいた方も、よろしければアクセスしてみてくださいませ。時の流れと共に、感じるものも変わっているかもしれません。
『小説家になろう』http://syosetu.com/『はりまびと』で検索できます。

写真は木曽三川公園のネット遊具。これがなかなか面白い!


2011-07-11 Mon 11:04:08 / Name : ひろゆき
宇受女様

ネット遊具のおもしろさ、過日教えていただきました。
いい年こいた中年が(かぶった)、小説蟹をもてあそぶこと現在まで8篇に及んでおります。

http://mypage.syosetu.com/160866/

手も目も空きに空いて、ああもうどうにもこうにも退屈でしょうがないわ、という時間がもしおありでしたら、いっぺん覗いてくださいませ。
2011-07-12 Tue 19:37:07 / Name :
ひろゆきさま

過日たまたまサイトを開いた時に、アップされているのを拝読いたしました。あの数からいくとヒットしたというのはすごいことかも。
それにしてもスピーディなアップですよね。私は本日、第五章までアップしました。一日一章アップを目指しておりますが…。残りあと二十一章です。もうちょっとペースあげないとなぁと思っているところです。
2011-07-12 Tue 22:24:49 / Name : ひろゆき
う様

いろいろありがとうございました。
玻璃真人新記、本が手元にあるのに、ネット版で読んでしまうのは、なんででしょうね。
連載の各章を読みきることの読了感、手ごたえでしょうか。横書きの読みやすさでしょうか。
速読術の本によると、横書きは縦書きとくらべて、5割り増しの速度で読めるそうです。

残り21章ですか。このペースですと8月いっぱいですね。夏のいい思い出です。
なんかほんとに、時間のたつのが早くなりました。
2011-07-13 Wed 12:34:37 / Name : うずめ
ひろゆきさま

うずめと書いたつもりが、うになっておりました。
横書きが5割りも読みやすいとはびっくりです!
確かに横目、流し目はあっても、縦目はないですよね(笑)
上目づかい、下目づかい?

本日第六章をアップしました。
我ながらスピーディです。オホン。
登録日:2011-07-06 Wed 00:04:29  |  コメントを書く (4)  |  問い合わせる  ページトップへ

360度のアーチ?
2011年6月17日 (金)

庭の敷石の上に白い花が一つ、二つ、三つ。どこから?と周囲を見渡せば、頭上に花を咲かせたシャガの樹が…。
毎年咲いているのに、樹が目線を越える高さに成長してからは、花が落ちるまでその存在を忘れてしまっています。
「あ、そうだ。そうだ。あったんだな~」
自分の周囲のこんな身近なことさえ、ちゃんと見ていないんだなと思いました。「上を向~いて♪」どころか下も、後ろも見ていないんですよね。自分の目先の目線のものを見て、全てを見ているような気になっている…。気をつけなくちゃと思いました。
物事は多面だということを常に頭においておくことは、大切なこと。人や物、事象への感じ方や対応も変わるし、自分自身に対する捉え方さえ変わる可能性があります。
写真家の中里和人さんが、写真のセミナーで、「鳥の目、猫の目で観て撮ってみたら」と、子どもたちにおっしゃっていましたが、俯瞰して観ると、見えていなかったものが見えてきたり、こうだと思い込んでいたものが、全く違うを側面を持っていたりすると思います。昔からよく「広い視野を持て」と言いますが、深い意味があったんですね。
鳥の目を持つために?、あと20cmほど背があったらな。竹馬にでも乗ってみますか。それともいっそ羽根でもはやしてみましょうか(笑)


2011-06-17 Fri 17:06:15 / Name : ひろゆき
そりゃあもう、羽根を生やすほうが竹馬よりずっといいと思いまふ。
つばめよ高い空から教えてよ……なんて歌詞もありましたし。

花が落ちるまでその存在を忘れてしまっていることってあると思います。
それでも、どこから?と上を見上げればいい方で、地面に咲いた花として見つめるだけの人もいらっしゃいます。

宇受女さん。
三陸海岸で、なぜ、こんなにも大勢のひとが亡くなってしまったのでしょうか。
午後2時46分。みんなたいてい起きていました。
空で轟音がすれば目を眇めて見上げ、役場のサイレンが鳴れば窓から首を出していたような時間です。
丑三つ時じゃなかったのです。
津波が町を襲う様子をテレビや動画で見ました。
歩いている人がいました。身体が痛くて歩けない人もいました。
でもこの災害の記憶を鮮明にしたまま、3月11日まで戻ったなら、死者ははるかに少なかったはずです。
それを考えると、いかなる教訓でも、色褪せてゆくのは避けられないのかと鳥肌が立つ思いです。

ひ孫なら死んでもいいんですか。

78年前の昭和三陸地震とそれによる津波で大勢のかたが亡くなり、また被災されました。
今回の津波でなくなったご高齢のかたの多くは、そのときの子や孫やひ孫だったはずです。
泥だらけの赤い頬を大人たちになでられ、この子だけは絶対に津波の犠牲にはすまいと、誓ってもらった人たちだったのでしょう。
どうしてあのときの悲しみが伝わらなかったのでしょうか。
37年前の明治三陸沖地震を教訓にできなかったというあの嘆きが、なぜストレートに伝わらなかったのでしょうか。

何十年先かはわかりせんが、かの地に津波が再来するのは確実です。
それは、これまでもこの先も同じです。三陸沖を浚渫すれば、80年前の米びつも日清戦争の褒章も浮かんでくるのです。

ひ孫なら死んでもいいんですか。
被災者のかたには酷過ぎる口吻ですが、相手は自然の摂理です。厳然としています。移り変わる興味の対象ではないのです。

マスコミや大勢の心ある人びとは、「前を向いて歩こう」と励ましています。声援応援支援を繰り返しています。
しかしこの地は、いまひとり、別な人物をも必要としているのではありませんか。
被災者の気持ちもわからない馬鹿者が、テレビカメラのない被災地の夜空で叫ばなければいけないんです。
この地は生活を営む場所としてふさわしくなかったのだと。
そんなことは、みんな知っているんでしょうか。
30年後にも、みんな知っているんでしょうか。
60年後にも、みんな知っているんでしょうか。
天災は、みんなが忘れるまで待っているのです。

(場所をお借りした上に長々とすみませんでした。失礼しました)

2006年NHK「失敗は伝わらない」畑村洋太郎氏
http://www.youtube.com/watch?v=qkLqVr_Qk_w&feature=player_embedded
2011-06-18 Sat 12:44:07 / Name : うずめ
ひろゆきさま
文章の中にいろいろな感情が織り込まれていますが、一番前に出ているのが「憤り」なのかなと思いました。
今、多くの日本人が抱えている感情なのかもしれませんね。何故あの多くの命を救うことができなかったのだろうかという。
この「憤り」や「悔しさ」は「愛」の変化形なのかなと思うのです。だから優しさがあるほど、想いが深いほどその感情を抱き込んでしまうのかもしれません。でも、その感情は自分自身の心を傷つけてしまう危険性もはらんでいるのではないでしょうか。
多くの人があの日以来抱えている様々な感情を、どのような形で昇華させ、エネルギーの変換を行っていくかを模索しながら、日々を生きているのかもしれませんね。
登録日:2011-06-17 Fri 12:33:44  |  コメントを書く (2)  |  問い合わせる  ページトップへ

奇跡のリンゴとcocoroのスープ
2011年6月11日 (土)

前回のブログで登場した「奇跡のリンゴ」の本。青森のリンゴ農家・木村秋則さんのことが書かれた本で、三年ほど前、本屋さんに山積みになっていました。ベストセラー本だったので、ご存知の方も多いと思います。
その頃、気になって何度か手に取りながらも、買わずじまいでした。そして今回、cafe cocoroさんでバッタリと出会ったという…。「ニーチェの言葉」の本とパターンが似ています。『読めってゆーとるやろが~!』って、内なる声やら憑神さんやらが、しつこく言っているのでしょうか(笑)
農薬も肥料も使わないで、リンゴを栽培することに挑戦した日々を記録したものですが、一冊の中にとても深い叡智と気付きがたくさん盛り込まれています。機会があれば、是非ご一読いただきたい本です。cocoroさんに早くお返しして、次の誰かに読んでもらわないとね!
著者がそのリンゴを食べた感想の中で、こんな言葉を述べていました。『あるいはこの世に生きる喜びの、エッセンスとでも言うべき何かが、そのリンゴには充満していた…』ああ、食べてみたい…。実はcocoroさんのスープをいただく時に、似たようなことを感じています。ベーグルサンドを食べ、緑のスープを口にすると、あ~細胞が喜んでいる~って。素材とか調理とかを超えたエッセンスが何かあるのでしょうね。言葉には上手く置き換えられませんが。
あってくれて良かったと、心から思うお店です。

写真は、裏庭の「Hibicore 菜園」。先月近所のおばあさんにかぼちゃの苗をいただいたので、植えたことから家庭菜園スタート。雑草のようにグングン伸びているのは菊芋。自然農法ならぬ放置農法です。


登録日:2011-06-11 Sat 08:07:56  |  コメントを書く (0)  |  問い合わせる  ページトップへ

シンクロ「奇跡のリンゴ」とcafe cocoroさん
2011年6月10日 (金)

「シンクロ」という言葉を耳にすることがあります。あらためて考えると日本語に置き換えられなかったので、調べてみました。ウイキペディアによると「シンクロニシティ」とは「意味のある偶然の一致」のことで、日本語訳では「共時性」とも言う…。とありました。「意味のある」の部分が単なる偶然やたまたまと違う部分なんですね~。

先日cafe cocoro(カフェ・ココロ)さんで、シンクロ体験をいたしました。
仕事がちょっと落ち着き、ほぼ一ヶ月ぶりにお昼をcocoroさんでと出かけたところ、2階は満席でキッチン横のカウンターに席を設けてもらいました。たまたまその①がこのカウンター席。
この日はゆっくり本を読みながらと思い、家から読みかけの本を持ってきていましたが、カウンターの数冊の本の中に気になるタイトルが一冊。「奇跡のリンゴ」。たまたまその②がこの本。
パラッと最初のページをめくってみたら、この本は今、まさに探していた情報が詰まっているではないですか。「真言の…」第二部の農業の部分を書いているのですが、具体的な資料となるものが欲しいと考えていたところだったのです。むさぼり読んでたら、cocoroのママがその姿を見て、貸してあげますよと言ってくれました。

店に入ってしばらくしたら、一組のお客さんが帰られたので、もう少し遅く来ていたらカウンターには座らなかったかも。
私的にはとってもシンクロな出来事でした。本はとても参考になったし、感動いたしました。本のお話はまた次の機会に…。

写真は奇跡のクローバー?放置したプランターがジャンボクローバーで埋め尽くされておりました。


2011-06-11 Sat 13:55:19 / Name : まだ生きてます。ひろゆき+
シンクロ……シンクロニシティ。
この言葉を聞くとき、反射的に浮かぶ言葉があります。

いかなる理由があっても「オオサンショウウオ」に手を出してはいけません。

いまから15年前、家族はまだ3人でした。
その年の秋、妻と長女が、久居農林高校の文化祭の会場から、1匹の子猫を連れて帰ったのです。
最後まで引き取り手がなかったという、きわめてランダムな毛並みの三毛でありました。
家族は、生後2か月のその猫にリリコと名付け、8か月間飼ってやりました。
リリコは賢い猫で、共同生活は楽しいものでしたが、あくる年の6月、どこからか拾ってきた毒を腹に入れたまま、あっけなく死んでしまったのです。
家族は悲嘆に暮れました。わけてもいっしょにいる時間の長かった妻には、きつかったようでした。
卑怯でも誤魔化しでもいいから、とにかくこのつらさから逃れたい。
酒や遊興を知らぬ家族は、どこか遠いところでぼんやりと過ごしたいと思うばかりでした。
3日後の日曜日、気の抜けたような候補地選びの中から、赤目四十八滝の名が浮かびました。「赤」とか「八」という字面の心地よさにすがったのかもしれません。
じめじめした家族と天候でしたが、せっかく行くなら、赤目を1日楽しもうと決意したのでした。

赤目はよかった。行楽地特有の、あの傷心を無視した明るさがわずらわしくもありましたが、ため息のつける椅子やテーブルもちゃんと用意されていました。
この場所で、自分たちのかくまってきた悲しみを溶かしたいという気持ちと、逆に何も毀たずに持ち帰りたいという想いが拮抗していました。夕方この駐車場から車を出すとき、心はどんな状態でいるのだろうかと、あれこれ想像したりもしました。
でも想像はすべて外れました。
岩だけでできている歩道の最奥から引き返して、半分ほどきたころ、自分は気づきました。先ほどから前をゆく若いカップルが何かを抱えているのです。うしろ姿の女性の右ひじの下から、灰色に滑る尾のようなものがちらちらのぞいています。
その瞬間、腐った脳裏に走る灰色の光がありました。
このひとたちは、オオサンショウウオを持ち帰ろうとしている。特別天然記念物であるこいつに手を出すのは、絶対絶対許されないことなのに。
そう気づいたとき、前をゆくカップルの歩行が速まりました。
人目から逃れたい。後ろめたい。そう感じたに違いない。最近の若いやつらはこういう身勝手をなんとも思っていないのだ。若いやつら。おのれい。みんなの赤目を穢した者ども。俺の赤目を。リリコの思い出を。若いやつらめ。俺もうすぐ39。
思考も行動もずたずたでした。許さない許さない許さない。しかし何もできない。後ろから声を掛けるでもなく肩を押さえつけるでもなく、見失わないようについていくだけでした。
ときどき小走りにもなる自分のあとを、妻は長女はついてくる。彼女らにもオオサンショウウオは見えているのか。家族はひとつ、気持ちもひとつだ。
一向の足は、隘路から水の引いた岩礁のような平らな場所に出ました。多くの人がめいめい写真を撮ったり、へっ。水に触れて、冷たあい、などとほたえている。例の二人組の悪党とは五メートルと離れていない。
きゃつらに物申すなら今をおいて他になし。自分は敢然と歩を進めました。家族の視線を背に受けてカップルの真後ろに立ちました。
──あのねえ。やっぱりいけないことだと思うんだよね。ていうか、それ犯罪だし。ここにいるみんなが持ち帰ったとしたら絶滅しちゃうわけでしょ。天然記念物とかは別として。
いろんな言葉をちりばめた。そして、やっぱり関東の物言いの方がインパクトがあるのかな、なんて思考を追加してみたり。
それらがまとまってきていよいよ口から出ようかという段になって、女が腰をかがめて、その生き物を足もとの岩の上にそっと置くのを見たのです。
立ち上がった女性の両足の間に見えたのは、まともなオオサンショウウオじゃないというのか、まるで灰色の猫のようなオオサンショウウオでした。
その異様な光景にくらくらした自分は、そのあとのことはよく覚えていません。
「どうしたんですかこの猫ちゃん」「おかあさん、猫逃げないね」「出る間際になって車の下にいて」「おかあさん、連れて帰れないんだって」「……じゃあ名古屋からここまでいっしょに?」「おかあさん、猫ほしぃい」「ほんと偶然」「あ、そうなんだ」
訳のわからない会話の中で、猫ください。なんていう女の子の声が聞こえた。長女の声に似ていた。決め台詞になったようだ。
それ以来です。
リリコと名付けられたきゃつめは当然のように猫のふりをして、自分の部屋に、へんっという顔して入り込んでは、スピーカーを倒し原稿を舐めまわし、隠してあったイカの姿焼きのありかを暴くのでした、そればかりか。
長女の家庭訪問のときに担任が、「知美さんは下にご兄弟はおありでしたか」と言葉に気遣うくらい、きゃつめの爪で壁紙も床もぼろぼろにされたのです。
いかなる理由があっても「オオサンショウウオ」に手を出してはいけません。
畢竟、シンクロニシティは、ひとによって生成されるのではないかという気がしているのです。
(写真は本文とは無関係です)
2011-06-12 Sun 23:18:26 / Name : うずめ
天然記念物の猫はイリオモテにいるんだと思っていたら、身近な所にもいたんですね~。シンクロは自分自身が起こしているんでしょうね。良きにつれ、悪しきにつれ。
登録日:2011-06-10 Fri 16:00:57  |  コメントを書く (2)  |  問い合わせる  ページトップへ

ハリマビトノウタ 何ひとつ傷つけることなく アップしました
2011年6月

マメにブログアップしていないので、できる時にやっとけ~、やっとけ~ということで、6月8日第2弾!
里山の自然の中に住まうことができるということは、とても幸せであると同時に、命に向き合う機会も多くなります。
猿や鹿、小鳥などの動物に出会う他に、日々小さな生き物たちとの出会いがあります。雨上がりに歩いていたら、足下でグシュ…。オーッ!やっちゃいました。カタツムリ。ムカデと鉢合わせすることも多々あり。なんで家の中で会うんだよ~。見つかるなよ…と思いながらも、お命頂戴してしまいます。ネズミもしかり…。命を奪っては手を合わせることが増えました。
食べるという行為にしても、快適な環境で生きていくという選択にも(むかでにさされるのは嫌だし、ネズミにコードをかじられても困るし…)、私たちは他の命を奪い続けなければ生きていけないんだなと、思い知る毎日です。
そんな想いを詠んだハリマビトノウタ「何ひとつ 傷つけることなく」をアップしました。


登録日:2011-06-08 Wed 11:50:04  |  コメントを書く (0)  |  問い合わせる  ページトップへ

玻璃真人ブログベクトル
2011年6月8日 (水)
前回のブログアップが、なんと5月14日。気にはなっていたものの、この一ヶ月あまり、もう一つのペンネームの仕事の取材と原稿に明け暮れておりました。などと書いていますが、実際に時間がなかったわけではありませんが…。様はベクトルを玻璃真人ブログに向ける、そのエネルギー量の問題でしょうか。
などなどなど、言い訳を含みつつ6月8日、何だかいい数字の日なので、三週間ぶりにアップさせていただきました。
写真は熊野市の太郎坂広場という所で撮影しました。今回の仕事は海やら山やら、外歩きが多かったので幸せ。幸せ。

登録日:2011-06-08 Wed 11:28:22  |  コメントを書く (0)  |  問い合わせる  ページトップへ

萬古まつりに玻璃真人の本と初参加!
2011年5月14日 (土)

萬古まつりに行ってきました。友人の神主さんの紹介で、萬古神社の境内の一角で募金協賛として玻璃真人の本を置かせていただきました。
毎年大賑わいという萬古まつりの会場の萬古会館の周辺はたくさんの人人人で活気に満ちていました。萬古焼きの出店はもちろん、いろんな食べ物屋さんのテントが並び、まつり気分がもりあがります。五月晴れのさわやかな空の下で、あちこちの店をのぞいて歩くだけでも十分楽しめます。
萬古神社ではおごそかな古代舞や地元の方々の踊り、子どもたちの萬古太鼓、中学生の吹奏楽などが披露されました。日本鼻笛協会(NHK)の伊勢友の会のメンバーのみなさんと玉すだれの競演もあり、手拍子とともに盛り上がったり…。鼻笛の会のブースの一部をお借りして山積みにし本。持って行っていただけた数は多くはありませんでしたが、お一人お一人に直接お渡しできて良かったです。今日ご縁をいただいた方の心に何かひとつでも残るものがあれば嬉しいですね。
子どもたちは皿回しや鼻笛に夢中でした。大人も結構楽しんで挑戦してたかな。みんな体動かしたり、演奏したりって好きなのかもしれませんね。鼻笛は誰でも気軽に楽しめるいい楽器だと思います。かく言う私は今だ吹いたことがないのですが…。今度挑戦しようかな。

萬古まつりは明日も行われていますよ。


登録日:2011-05-14 Sat 20:35:27  |  コメントを書く (0)  |  問い合わせる  ページトップへ

募金へのご協力ありがとうございました。
2011年5月12日 (木)

震災から二ヶ月目にあたる昨日、玻璃真人の本による募金を終了させていただきました。
cafe cocoroさん、Add Cafeさん、cafe Hibicoreの三店舗で、19,578円の募金が集まりました。募金にご協力いただいた方々、どうもありがとうございました。お一人で何度も募金をして、人に差し上げてくださった方もみえました。そして大切なお店の一角を快く貸してくださったcafe cocoroのオーナーご夫妻、Add cafeのオーナーさんには感謝、感謝です。本当にありがとうございました。

玻璃真人の本で義援金を募って良かったのだろうか?と自問したこともありました。ただ募金箱があるよりも、オークション的に何か持ち帰れるものがある方が集まりやすいかもしれないという想いと、玻璃真人の世界を早く広めたという二つの想いからスタートした募金活動です。でもそこには募金に便乗している新美宇受女が見え隠れしているのではないかと思ったのです。ただ、震災直後の私の素直な衝動にもとづいた活動だったのだと思います。そして玻璃真人の世界を広めることが自分のミッションだと再認識しました。

友人の紹介で14日の土曜日の四日市市の萬古まつりの日に、萬古神社の境内でも本による募金活動をさせていただくことになりました。また、玻璃真人の隠れ家のcafe Hibicoreでは、引き続き本による募金を続けています。

ありがとうございました。

登録日:2011-05-12 Thu 22:54:47  |  コメントを書く (0)  |  問い合わせる  ページトップへ

母の日の今日、詠んだハリマビトノウタ
2011年5月8日 (日)

本日は母の日でした。先週の日曜に玻璃真人の本を届けに出かけたイベント会場で、本運びを手伝ってくれた小六の息子が、天使のアクセサリー作りに挑戦して、それを母の日のプレゼントにしてくれました。ということで、先行でもらってしまったので、今日はプレゼントはなし(そういえばもらったの保育園以来?)。昨日の夜、母の日はカレーにしよう!というので、テレビのCMのように作ってくれるのかと思ったら、母が作るらしい…。今年はそんな母の日でした。でも、一緒に親子でカレーが食べられるというのもありがたいことかなと、感謝していただきました。
ということで、全然関係ないのですが、母の日の今日、高宮神社の階段を下りながら詠ったハリマビトノウタアップしました。思い出しました?宇宙の約束。

登録日:2011-05-08 Sun 21:59:29  |  コメントを書く (0)  |  問い合わせる  ページトップへ

勝手に玻璃真人ユニット 「ナナムジカ」
2011年4月27日 (水)
またまたまた、勝手に玻璃真人…シリーズ。
今回もアーティスト。もう解散してしまったそうですが「ナナムジカ」という女性ユニット。
このアーティストもまた、「私はこの歌い手さんが好きなんですよ」と、知人が教えてくれてどれどれ~ってYouTubeで聴いてみたのです。
「うわっ!これは玻璃真人の歌!」と思いました。「心音」というのと「くるりくるり」という曲を聴いたのですが、肉体の向こう側の世界…魂の世界をこんな風に歌っている人たちがいたのか~と感動しました。玻璃真人の恋文のもとになっている、今構想中の「玻璃真人ハーレクイーン?物語」のイメージにぴたっと重なりました。
古代神話の月の女神と、ラテン語の音楽という言葉からネーミングされたという不思議なユニット名の「ナナムジカ」の歌、機会があれば一度聴いてみてくださいな…。アレ?もしかして、知らないのは私だけで、みんな知ってたのかな?
登録日:2011-04-27 Wed 23:56:58  |  コメントを書く (0)  |  問い合わせる  ページトップへ

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